『ずっとそばにいるよ』 | 中性的魅力【HELLO!!】

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『ずっとそばにいるよ』

家族




父が、3月9日午後2時50分、永眠いたしました。


享年65(満64歳)


最後は、自宅近くの病院で家族全員に看取られ、痛みも苦しみもなく眠るように息を引き取りました。


父は約2年前から、肝臓がんの治療のため入退院を繰り返してきましたが、今年に入ってからの入院でがんの進行の問題で、これ以上の治療は無理で、余命も3ヶ月という通告を家族にのみ担当医から聞かされていました。


それを聞かされたとき、すごくショックでしたが、父が余命のことを知ると絶望的になるという家族全員の判断で父には余命のことを知らせず、普段どおりに接して、父の好きなことをさせてあげることにしました。


2月中旬、家族みんなで京丹後へ1泊2日のカニ旅行へいきましたが、これが最後の旅行となりました。


この旅行の直後の血液検査の結果、余命は数週間ということがわかり、担当医が母に父に事実を告げることを推奨し、母もそれに同意し父に、これ以上の治療は無理だということだけを告げました。


そばでそれをいっしょに聞いていた母は、父がひどく動揺するものだと思っていたみたいですが父は動揺することなく、担当医にあとどれくらい生きられるのかを聞き、涙を流しながらも受け入れたそうです。


父は、がんの影響なのか白内障にもなっており、このまま視界がぼやけたままで逝くのは不憫という家族の思いや父自身も白内障の手術をして、大好きな競馬をみたいということだったので、2月下旬、白内障の手術ができるか確認したところ、血液検査の結果から白内障の手術をするのは危険ということで、手術はできませんでした。


そして3月に入り、いよいよ肝臓の痛みや、腹水の影響からか手足の浮腫みがひどくなり、自宅で過ごしたかった父が、入院したいと母に言ったそうです。


3月4日(日)入院前日、私は出張だったため行けませんでしたが、阪神競馬場に競馬観戦に母と父の兄弟等で行ったそうです。
大好きな競馬を見ると、大声で応援とかしていましたが、その日は大声もあげることなく、時々朦朧としながらモニターを眺めていたと聞き、身体がつらいながらも必死で競馬を見ていたのだと思いました。


3月7日(水)、出張の代休を取り、行きたくはなかったけど、葬儀屋さんに午前中から見積もりにまわりました。
そしてその日の夕方、入院している父を見舞いに病室に入り父の姿を見てみると、すっかりやせ細っていて、黄疸もでていて、ベッドで1人では起きられないくらいになっていました。
聞いてみると、食事はほとんど喉が通らず、みかんの缶詰を少し食べるのが精一杯とのことでした。


元気を出してもらおうと弟が買ってきたスクラッチカードも、白内障でこする部分も見えず、また自分でこする力さえなくなっていました。


父の姿が入院前よりすっかり変わっていたのを見て、その日家に帰った晩、あまりにも父の姿がむごくて悲しくて、ずっと大泣きしていました。


3月8日(木)、父の様子が心配でしたが、とりあえず仕事にいきお昼休みの途中、弟から着信が入りました。
電話に出ると、今まで私の前では泣いたことがない弟が泣きながら、今度の月曜(3/12)までもたないということを知らせてきました。


母に電話すると、明日まで普通に出社して土日に病院にきてくれればいいと言うことでしたが、妙な胸騒ぎがしたので、現状の仕事にメドをつけてから会社の上司に伝えて、次の日お休みを頂くことにしました。


3月9日(金)正午頃

病室へ入ってみると、父は大きな息を口でしながら寝ていました。
母に聞くと、朝からずっと目を覚まさないとのことでした。


担当医の話によると、このような状態になっても最後まで声は届いているらしく、父に目を覚ましてもらおうと、手を握り、頭をなでながら必死に呼びかけ続けました。


しばらくすると、これまで来れなかった妻の両親がお見舞いにかけつけてくれました。
何度か父に声をかけてくれましたが、少し反応するものの、目を覚ますことはなかったので、とりあえず妻の両親に一旦に引き取ってもらうため、病院の玄関まで見送ってから病室へ戻りました。

病室へ戻ると担当医が中に入っており、父の脈が乱れ始めており、本当に最期かもしれないと言うことでした。


家族全員、父に呼びかけ続けました。


何を言ったか、今ではよく覚えていませんが、最後は家族みんなが息をするのも苦しそうな父を見て


「もういいよ、がんばったね」


「今までありがとうね」


・・・と感謝の言葉に変わっていました。


私は、家族全員がそばにいて見守っているのを伝えたくて


みんな、ずっとそばにいるからな


・・・と声をかけつづけました。


そして、午後2時50分


最後の息をし、永い眠りにつきました。


父は今までお世話になった友人、親戚、親族みんなに感謝の言葉を残し、キッチリをけじめをつけ旅立っていきました。


いっしょの家で過ごしてきたときは気づきませんでしたが、本当に尊敬できる父でした。

 

カニ旅行に行ったあと、父が母にこう言ったそうです。



家族っていいな。



今まで母に苦労をかけてきた父がこう言ってくれたとき、母はこれまでのことが全て報われたそうです。


また、父は自分に何があっても、4月に控えている私たち夫婦の新婚旅行には絶対に行ってくるようにと遺言を残してくれてましたが、それより1ヶ月も先に逝ってしまったのも、私たちに心配させまいという父の優しさだったのかもしれません。


家族全員が誰1人欠けることもなく、父を最後まで見送ることができて本当に幸せでした。


父はこの世にはいなくなりましたが、これからもずっとそばにいてくれていると思います。



 

お父さん、本当にありがとう。



 

これからもずっとそばにいるよ。

 

 

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